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2008年11月

2008年11月30日 (日)

夢を持てるか持てないか

高校2年生の1月、地元の反差別集会で僕はおよそ200人の人の前で自分の思う「教育」というものについて、意見を発表したことがありました。

題名は「教育とは」でした。

それまで教育の現場にいた経験があったわけでもなく、特にほかの人と違う特別な意見があったわけでもありません。むしろ、ただひとりの人間として、今まで生きてきた中で教育というものを考えたときに自分の中から出てきたもの、感じたものを発表しようと思ったのです。中学を卒業して、自分の中学時代も含めて、いま中学生に必要なこと、地域のオトナが子供にどう影響しているのかを、僕なりの見解で紐解いていきました。

結論から言って、オトナが輝いていない社会で、子供は輝こうとはしません。自分の好きな仕事につけず、あえいでいるオトナを見て、輝かしい自分の未来を想像できる学生はいません。この不況の中、就職できたとしても近未来的にリストラされるのかもしれないと予想してしまいそうな社会で自分らしく生きていこうとは考えられません。オトナはオトナで辛い現実と向き合う必要があるのはいうまでもありませんが、僕が言及したいのは、その飛び火が子供たちにも降りかかっているのではないかということです。

ですから僕はその集会で、「オトナが輝いていないから子供たちも輝かないんだ」ということをはっきり言う必要がありました。そのことを大勢の前で言うことは、簡単なことではありませんでした。目の前にいるすべてのオトナを否定することにつながるおそれがあったからです。

しかし、僕はそれを言わざるを得ませんでした。

なぜかというと、僕が自分の話をいちばん聞いてほしかったのは、同会場に参席していた中学生だったからです。なぜ自分や仲間の中で「勉強ができなくてもいい」「適当にやってればこれからもなんとか生きていける」という考え方が広まってもなんの危機感もないのか、それ以前に、なぜ自分の未来にもっと希望をもてないのか、積極的に語りかけることができないのか、その理由のひとつとして、地域のオトナと中学生の教育というものに関連性があるということをを知るひとつのきっかけになればいいと思ったからです。

その話をして中学生に何を考えてほしかったかというと、それは「自分の人生はまさしく自分ひとりの人生だが、その人生を形成する上で、他者とのかかわりは切っても切れない関係にあり、友だちや学校の先生だけでなく地域や社会のオトナも常に作用している」ということです。自分が未来に希望をもてないのであれば、それはまわりの誰かが「未来には希望なんてもてないよ」となんらかの形で教えた(というかその当事者が勝手に学んだ)からそう思うようになったんだと僕は考えます。もちろん、失恋したり、嫌なことがあったあとに、一時的に未来に希望がもてなくなることだってありえます。しかしそれは、自分の未来というものを、恋愛面や何かのカテゴリー(枠組み)にあてはめて考えているにすぎません。失恋したからと言って自分の将来の仕事について希望がなくなった、とは考えないということです。

では、地域のオトナが輝いていないのか、というと、そうではないというのが僕の本音です。冒頭ではオトナが輝いていないと言いましたが、そうではありません。ここで矛盾が生じてしまいます。なぜ矛盾が生じてしまうのかというと、中学生と僕の間には大きな価値観の差があると考えるからです。

「輝いている」という抽象的な言葉を多用していることで話をややこしくしているのかもしれませんが、そもそも僕の考える「輝き」というのは「自分のしていることに対して自信をもっており、いきいきと誇り高く行動している様子」です。ですから簡単にいえば、どんな仕事であっても楽しそうにいきいきしていれば輝いてみえる、ということです。

しかし「パイロット」「医者」「弁護士」「会社経営」「会計士」などの、一般的になるのが難しいと考えられやすい職業についている人たちを「輝いている人たち」と、認識する価値観を持つことも考えられます。それが先ほど述べた中学生の価値観です。

これは僕が勝手に定義してしまったものです。

中学生の多くは「高学歴・高収入」だけが「輝く未来」だと勘違いしている場合があります。これは彼らが勝手にそう思っているのではなく、社会がそう教え込んだのです。「バブルの崩壊」だとか「負け犬」といった言葉をたくさん耳にして、21世紀を迎えたこの時代に生まれてきた子供たちは困惑しています。恥ずかしながら僕もそのうちのひとりです。お金に困らないことがまず輝く未来の第一条件であり、次にまわりに認められやすいいわゆる社会的地位の高い職業に就くことが最終的な輝く未来なんだ、と勘違いしてしまいます。

そう考えること自体はそれほど問題ではないのかもしれません。自分が勉強をがんばったり、目標を設定してそれを達成させる動機として、自分を常に奮い立たせる原動力になるからです。しかしここで問題が生じてきます。

「自分にはそんな職業を目指せるような学力がない」

と、希望をもった矢先に挫折してしまうのです。その職業を目指すんだと決断したときに、自分はそれを持続しうるのか、それともすぐにあきらめてしまうのか、それはやはり自分の現状と理想を比較してみたときに、そのギャップ(差)を自分で埋められるかどうかにあると思います。

僕の出身中学はほんの40年ほど前までは創立すらされてなく、地域の人たちはろくに勉強もできない環境でした。(それ以前から地域の方々が命がけの活動をしてきてくれたおかげで僕の出身中学は創立されました。)ですから、学校に通えなかった地域のオトナの中にはひらがなすら読めない人もいますし、中学に通えるようになった人も子供の頃から親の仕事を手伝ってばかりいて勉強なんてできなかった、という人がたくさんいます。

僕の出身中学は現在も市内でも学力水準が低いほうだとされています。学力水準という言葉を使うことが正しいのかどうか僕には判断できませんが、僕の同級生の中にも勉強がかなり不得意だという子はたくさんいました。(それを学力水準という言葉で片付けてしまえば、そのような表現になってしまいます。)ですから「勉強はできなくても大した問題ではない」と考える子も少なからずいたと思います。これが夢をあきらめるひとつの理由になってしまう、ということが、僕が警鐘を鳴らすところです。

「みんなもできないんだし、しょうがない。自分はそういう環境にいるんだ」

と考えかねないと思うのです。

残念ながら、自ら環境を変えてやろうというエネルギーに満ちた学生はそれほど多くありません。むしろ、素直に自分の置かれた環境を受け入れて何の疑いももたない学生のほうが多いのです。環境を変えることなどとは考えもせずにはじめからあきらめてしまっている子もいるのかもしれません。中には経済的な問題で夢をあきらめてしまう子もいますが、そのような特別な理由がある以外には、自分の力量に見切りをつけて、自分の目指す目標を低く低く設定するようになってしまうようなのです。

「もともと夢なんてないから勉強もそれほどしっかりやろうとは思わない」

という話をしてくれた子がいました。しかしそのときに僕はこういいました。

「夢がみつかったときに勉強が不十分なせいで夢をあきらめざるをえなくなる場合もあるから、もしいま将来の夢がなくても勉強はがんばろうね」

と。

将来の夢があって勉強する目標があれば、自分の力がいたらなくとも努力を続けられるでしょう。しかし、そんな幸せ者はあまりいないのが現実です。大切なことは、夢があるないにかかわらず、勉強することによって将来つきたい仕事が見つかったときに少しでも楽ができるかもしれないんだから、勉強はがんばろう、ということです。

話が少しずれたので、戻します。

僕の出身中学のオトナたちは輝いていました。

それは自分の仕事に誇りを持ち、毎日をいきいきと暮らしていたからです。日中は仕事をし、週に一度はPTAのバレーボールに出かけて体を動かし、夜は地域の仲間とお酒を呑んで子供の話や若いころの話に花を咲かせ、楽しそうにしていました。極端な例をあげましたが、僕のイメージでは地域のオトナたちはこのように自分の暮らしを楽しんでいました。これがぼくの思う「輝き」だと思うのです。ですから、もしある中学生が「地元で生活するし、つきたい仕事も決まって勉強も必要ない。あとは中学を卒業するだけ」という判断を下したのであれば、僕は彼の将来についてあれこれ言うつもりはありません。むしろその強い意志を尊敬します。実際、僕の同級生の中にもこのような判断をした子がいました。僕の中では、彼は地元で輝いている人のうちの一人です。僕は彼のことを尊敬しています。

彼が中卒で働くことを決意したのは、家庭の経済的な事情だとききました。彼が、早くお母さんを楽にさせてあげたいと言っていたのを覚えています。

しかし残念ながらこれは例外です。確かに僕の中では彼は輝いていますが、彼には選択肢がありませんでした。勉強をして高校に行って大学に行って就職先を自分で決めることが、彼にはできなかったのです。

そんな彼のような存在があるのも手伝って、中卒でも働いていけるんだ、と勘違いをする子が出てきます。しかし彼のように追い込まれた存在でもない限り、中卒の15歳の人間が腹をくくって働けるかというと、ほとんどの場合不可能です。しかも彼のように自分の生活を受け入れて楽しめるか、輝けるかというと疑問の残るところです。

自分の納得のいく生活とは何なのか、その生活を将来的に送るためにいま何ができるか。

その仮の基準を設定するのが、地域のオトナだと僕は考えています。

オトナひとりひとりがどのように考えるのか、それをきく意味も兼ねて地域の子供たちはもっとオトナと話をする機会をもつ必要があるのだろうと思います。自分の将来には選択肢がいくらでもあるんだということも知るべきだと思いますし、もっと自分の将来に希望を抱くべきです。

自分の本当の幸せなんていうものは、自分にもわからないものですから、将来に希望を抱いて夢見たところで、それが自分にとって一番の幸せになるかどうかなんてわかりません。

地域内に自分の生活に不満を感じているオトナがたくさんいるとするなら、子供たちもまた、まだ見ぬ自分の将来に不満を抱くのだと思います。それを促進させてしまうのもオトナ、阻止しうるのもオトナ。そういう意味では、子供たちの将来は地域のオトナたちの手に委ねられていると言っても過言ではないのかもしれません。もちろん、学校の教育というのは必要不可欠なものであり、それもまた学生の将来に大きく左右してきます。それと同様に、あるいはそれ以上に、地域のオトナと子供とのつながりも重要になってきます。そのためには定期的に地域のオトナに中学校に出向いていただくことが必要になってきます。また、専門職についているオトナにも学校に来ていただくのも将来を考えるいいきっかけになると思います。専門職につくにはどうするのか、その専門職につくとどんな生活を送ることになるのか、などを知ることで、自分の職業選択に幅を持たせることにつながります。

しかし、いまの自分の生活を充実させるためには、目標をもってそれに向かってまい進することが必要なんじゃないでしょうか。そのために輝かしい未来を想像することをオトナたちは子供に伝えてあげるのがよりよい教育のひとつなんだと考えます。その具体的な手段は、これから僕たちが考えていくべきことなのです。

最後まで読んでいただいた方ありがとうございました。

このブログは僕の意見発信の訓練の一環でもありますので、もしよければコメントのほうよろしくお願いします。

南野亮

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2008年11月19日 (水)

自己紹介

ブログをはじめるって言ったって、どこから話をしていけばいいのか・・・

ということで、とりあえず自己紹介をしようと思います。

1988年4月27日宮崎県日南市生まれ

現在20歳の大学生です。

4月27日を語呂合わせで「死にな」と読めることから自己紹介のときは「誕生日はシニナって覚えてください☆」と言う癖がついてしまっています。

実際に1歳になる前に心臓が止まって「もうダメです」と一度お医者さんに言われた経験があるそうです。

小学校6年生のときの修学旅行で親から手紙をもらう機会があったのですが、そのときに

「あんたは一度命を落としそうになったけど、そのときにいろんな人に見守られてみんなが「元気になれぇ」って願ってくれたから、元気になってここまで健康に大きくなれたんやで。まわりの人にやさしくできて、自分の命も大事にできる人になってくださいね」

と手紙に書いてあったことを覚えています。

不幸にして幸いを手に入れたという言い方が正しいのかどうかわかりませんが、僕は自分の命を落としかけることで、「命の尊さ」と「自分は生かされている」ということを知ることができました。これは僕の人生の中で大きな出来事だったことは言うまでもありませんし、僕のこれからの人生にも大きくかかわってくることは間違いありません。

「自分はなぜ生まれてきたのか」

「自分は何のために生きているのか」

たいていの人が自分の人生のうちに一度は悩むテーマだと思います。

僕はそんなテーマについて人と語り、自分という存在をお互いに確認し合う手助けをするためにこの世に生き残ったんだという使命感のもと毎日生活しています。

といっても、僕もひとりの人間。

だから人を傷つけてしまうこともあるし、人に腹を立てていまうこともしばしばあります。

僕が中学生だったころ自分に課した課題は

「すべてのことを許す」

でした。

誰に何をされても怒らない。

誰に何をされても悲しまない。

その対象が僕である限り。

つまり、僕は誰になんと言われようが、誰に何をされようが、感情的にならないようにしようと試みたわけです。

僕の中ではこの課題を実行することはいい訓練になりました。

だから少しは心が広くなったような気がしますが、やはり感情的になることはよくあったし、人を傷つけることもあったと思います。

僕の一番悪い癖は、この課題をこなしていたときそうであったように、自分の行動をすべて肯定的にとらえて、相手にもその考え方を強要してしまうことです。

「今の言い方は相手を傷つけるために言ったんじゃない」

と思って言ったことが結果的には相手を傷つけることにつながっていた、ということはよくありました。

少し伝わりにくいかもしれませんが、要は僕の発言に対しての僕と相手のとらえ方にはしばしば差があり、その多くの場合、相手が傷ついているということに僕自身が気づいていなかったということです。

そのおかげで現在の僕は自分の発するすべての言葉に最大限の注意を払うようになりました。それでもまだまだ不十分であることは言うまでもありませんが・・・。

このように自分自身に使命感があるにもかかわらず、やはり感情的になったり人を傷つけてしまったりすることもある、というのが僕の性格の一番核となる部分だと思います。

自分を優先するよりは相手を優先する、が僕のやり方です。

だけど、たいがい最後は「自分勝手」と言われるのがオチです。

僕の考え方では「相手の選択や発言は尊重するが、最終的に自分の言いたいことははっきり言っておく」というだけのことで、自分の意見が通らなければ不機嫌になるというものではないので、自分勝手だとは思わないのですが、議論中の態度や言い方次第では相手にそのように感じさせてしまうこともあるのかもしれません。

僕の発言や行動が人の目には権威的なものとして映ってしまうこともよくあります。これは自分でもよく感じるところです。

小学生の頃から人前に立つのが好きで、気づいたらリーダーの立場にいることが当たり前になっていました。

小学校時代は学級代表や部活の部長、児童会役員の委員長(といってもそんなに大したものでは・・・)を経験しました。

中学時代は班長に始まり、学級委員長、生徒会役員から生徒会長、部活の部長までかなり活動の幅を広げました。さらに中2と中3のときには文化祭における学年劇で主演を演じ、文化部の活動では和太鼓をたたくときに必ずと言っていいほどど真ん中でたたいて、部長ではなかったにしても、かなり重要な役をやらせていただきました。(文化部の活動は僕の人格を形成する上でかなり重要な要素を含んでいますが、それについては追ってお話します。)

高校時代は、学級委員長や生徒会にはかかわりませんでしたが、文化祭で3年連続主演を演じました。ほとんどの場合、台本作りからキャスティング、音楽にいたるまですべてを自分でやろうとして、「ひとりでやりすぎ」と逆に怒られることもありましたが、とりあえず自分でできることはなんでもしようと努力して、高3のときは脚本・音楽・演出・主演を務め、「巨匠」という称号をまわりの人から名づけていただきました。

勉強については、中学の頃からそれほど得意だとは言えませんが、成績だけはよかったことも助けて高校は学区内トップだと言われた学校に入学することができ、現在は大学にも通うことができています。

これだけ話すと、輝かしい経歴をもってすごい人なんだ、と思われることがよくあります。残念ながら僕は自分の悪い部分をあまり人にべらべら話すタイプではないので、自分にとって利益のあるようにしか話を進めません。しかも自分があたかもすごいことをしてきたかのように話してしまうので、すごいんだということしか伝えないこともよくあります。

ここで問題となってくるのが、まわりの人が本当に僕のことを「すごい人なんだ」と勘違いしてしまうことです。

冒頭の方で話したように僕は「ひとりの人間」です。

それにもかかわらず僕のことをすごい人なんだと思われると、みんなが言いたいことを言えなくなりますし、僕自身も調子にのってしまいます。僕の意見が最終的に通ってしまうことも増え、僕が求めている「それぞれの意見」というのを引き出せなくなり、たとえば演劇について言えば、みんなで作り上げた舞台にはならず、「僕の、僕による、僕のための舞台」になってしまいます。

これがさきほど述べた「僕の発言や行動がまわりの人の目には権威的に映ってしまう」理由のひとつです。

「南野の意見は実力と経験に基づいているから貴重な意見としてみなされる」

と言われたことがあります。

確かに、まわりの人と相対的に見て演劇や発言についての積極性を実力というのであれば僕はまわりの人よりも能力が長けていると言うことはできると思いますし、僕が今までに経験したことは「普通」という枠組みを設定した場合にはかなり特別なものが多く、有意義なものが多かったのも事実です。

ただ、それを僕のまわりの人たちは「利用しよう」とはしません。

僕は、自分の実力や経験をもってして、まわりの人たちの活動に貢献できれば、と思っていますが、だいたいの人は僕を敬遠するかのように僕がひとりでいろいろやっているのを傍観するだけに終わります。

「南野がこう言っているからこれでいこう」

という言葉は、僕にとって一番不確かなもので僕の恐れるところです。

僕の意見が通ってうれしいという気持ちがある反面、「反対意見はないのだろうか?」と考えます。「本当にこれでいいの?いいとしたらなぜこれでいいの?」と頭を抱えることもかなりあります。

当たり前のことですが、僕の意見が通らないこともよくあります。

しかし、そのほうが意見交換が活発になるので、僕の意見が逆にプラスに働く気もして、ある意味安心感さえ感じることもあります。

ただ、僕の意見が通ることが多かったせいもあるのか、僕の発言のしかたはしばしば「なぜ僕の意見じゃだめなんだ?理由を言ってみろ」という権威的にとらえられてしまう言い方が多いようで、貴重な意見を持った人に発言の機会すら与えず、僕がその人たちの発言意欲を殺してしまうこともよくあるようです。

しかし、僕の中では、「僕のこの意見に対して異議を唱えるのならあなたの見解を教えてください」ということを伝えたいだけなのです。そう思う一方で、なんとか僕の意見を聞いてもらおうと一生懸命で言い方が権威的になってしまい、最終的に僕の意見を押し付けてしまう結果につながるのかもしれません。

これが結果的に「僕が気づかないうちに相手を傷つけてしまう」という例のひとつです。

僕は自分の意見を言っただけに過ぎないつもりでも、相手からすれば「自分の意見を押さえつけられた」と勘違いさせてしまう、ということです。僕がただ自分の意見を乱暴に言い放つだけで、相手の意見をまったく聞かないタイプの人間だとすれば、悪いのは僕です。自分の経験に基づいて、それを提示しながら意見を言い、まわりの反応を見てさらに意見する、というのが僕のスタイルです。その「経験に基づく」というのが、フェアな話し合いをアンフェアなものとして相手を脅してしまうのかもしれません。「オレはこんなことも経験しているのだからオレが正しいと思わんのか?」というメッセージを僕が気づかぬうちに相手に送っているのかもしれないということです。

僕には使命があるにもかかわらず、その使命を果たす最大の努力をしているかといえば、そうではないと自分で感じています。出会った人の「自分さがし」を手伝うのと同時に、自分は自分の道を行く、というスタイルは崩さないままでいます。自分らしくあろうとするがゆえに相手を傷つけてしまうこともしばしば。考え方の違いに頭をかかえることも多いですが、それでも自分の意見を隠したりはしません。ぶつかってもぶつかっても、それがよりよい未来を見出す手がかりとなり、お互いの存在を確認し合う手助けとなり、自分が生きている理由が少しでも見えるようになってくるちからの糧となるんだと信じています。

短期間で見た僕の課題は「相手の意見を引き出す努力」です。それが自然とできるようになったとき、僕はもっといろいろなことを「許す」ことができるようになると思います。それに自分の世界を広げることにもつながるとも思います。

輝かしい経歴に溺れ、うぬぼれていた自分とはさよならしつつある今日この頃です。

そんな僕のことがほんの少しでもわかっていただけたら今日これ以上の幸せはありません。

南野亮

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2008年11月 8日 (土)

Time flies!

時間がとぶように過ぎていきます。

僕が1日という時間が「短い」と感じるようになったのはいつからなんだろうか・・・(-ω-)

中学のときは時間が少しでもあれば詩書いてピアノに向かって曲つくって、時間を有効活用できてたのに。

なんでやろうと思う今日このごろ。

まぁ愚痴ってもしょうがないのもわかってるんで、前向きにがんばっていこうかなと思います☆

気持ちが折れそうになったときは、輝く未来を想像して、positiveに考えて、aggressiveに行動するべし!

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